はじめに
日増しに春の気配が深まってくると、年度末から新年度にかけて経営や税務について新たな制度や控除を検討する方も多いのではないでしょうか。そんな折、小規模事業者や個人事業主の方向けに「小規模企業共済」という制度があります。これは廃業・退職時に備える共済制度であり、退職金のようにまとまった資金を受け取れるだけでなく、節税効果も期待できるのが特徴です。本記事では、小規模企業共済の基本から加入手続きの流れまで、分かりやすく解説していきます。文字数が多めですが、じっくりと読み進めていただき、今後の経営プランニングに役立てていただけたら幸いです。
小規模企業共済とは
小規模企業共済は、小規模企業や個人事業主が事業を廃止・退職する際に、あらかじめ積み立てておいた掛金に応じて共済金を受け取れる制度です。運営は国の機関である中小機構が行っており、廃業したときや役員を退任したときなどに共済金を受け取ることができます。いわば「経営者向けの退職金制度」ですが、掛金の全額が所得控除の対象となるなど、節税効果が大きい点が注目されています。
加入資格
小規模企業共済は「小規模事業者」や「会社等の役員」である方が対象ですが、その定義は以下のようになっています。営んでいる事業の種類によって、常時使用する従業員数(または組合員数)の条件が異なるため、あらかじめ確認しましょう。なお、この条件を満たす個人事業主の共同経営者(1人につき2名まで)も加入可能です。
番号 | 業種 | 常時使用する従業員数または組合員数 | 個人事業主・法人役員 | 個人事業主の共同経営者<br>(個人事業主1人につき2人まで) |
---|---|---|---|---|
① | 建設業、製造業、運輸業、サービス業(宿泊業・娯楽業に限る)、不動産業、農業など | 20人以下 | ○ | ○ |
② | 商業(卸売業・小売業)、サービス業(宿泊業・娯楽業を除く) | 5人以下 | ○ | ○ |
③ | 企業組合・協業組合 | 20人以下 | ○ | – |
④ | 農業組合法人 | 20人以下 | ○ | – |
⑤ | 士業法人(弁護士法人、税理士法人など) | 5人以下 | ○ | – |
上記の条件を満たしていれば、共済契約者として加入することができます。共同経営者に関しては、出資契約書や共同経営契約書が必要になるケースもあるため、提出書類について事前にしっかりチェックすることをおすすめします。
掛金の仕組み
小規模企業共済の掛金は、月々の掛金額と納付方法を自分で選ぶことができ、比較的柔軟に設定できる点が魅力です。
掛金月額
- 1,000円〜7万円まで(500円単位)で自由に設定可能
- 経営状況に合わせて、増額・減額もいつでも可能
- 経営セーフティ共済(倒産防止共済)とは異なり、掛金の総額に上限はなし
納付方法
- 個人預金口座からの振替
- 振替日は毎月18日(休日・祝日は翌営業日)
- 月払い・半年払い・年払いなどで選択可能
ただし初回の振替は、申込月によって2〜3ヶ月分がまとめて引き落とされることがあるため、最初だけ通常より高額になる場合があります。経営者個人の口座からの振替になる点も忘れずに確認しておきましょう。
前納によるメリット
月払いの方は1年分、半年払い・年払いの方はさらに半年分ないし1年分を前納することで、「前納減額金」という形で金利相当分を受け取れる場合があります。ただし、前納減額金を差し引いて実質的な掛金額が変動するため、確定申告の際には注意が必要です。
共済金の受取
小規模企業共済の最大のポイントは、退職金代わりに共済金を受け取れることです。ただし、どのような立場で契約し、どのような事由が生じたかによって、受け取れる共済金の種類や額が異なります。ここでは、具体的な共済金の種類と受取タイミング、受取方法について確認していきましょう。
共済金の種類
共済金は、大きく分けて以下の3つに分類されます。
- 共済金A
- 共済金B
- 準共済金
これらのいずれにも当てはまらない事由(たとえば任意解約など)で受け取る場合は解約手当金となります。実際にどの種類の共済金を受け取れるかは、個人事業主か法人役員か、共同経営者か、という立場や、退職・廃業の理由によって決まります。
個人事業主の場合
共済金などの種類 | 請求事由 |
---|---|
共済金A | ・個人事業を廃業した場合(複数事業を営んでいる場合はすべて廃止) ・共済契約者の方が亡くなった場合 |
共済金B | ・老齢給付(65歳以上で180ヶ月以上掛金を払込んだ方) |
準共済金 | ・個人事業を法人成りした結果、加入資格が無くなったため解約した場合 |
解約手当金 | ・任意解約 ・機構解約(掛金を12ヶ月以上滞納した場合) ・個人事業を法人成りした結果、加入資格は無くならなかったが解約した場合 |
(参照:中小機構HP)
法人の役員の場合
共済金などの種類 | 請求事由 |
---|---|
共済金A | ・法人が解散した場合 |
共済金B | ・病気・怪我によって役員を退任した場合 ・65歳以上で役員を退任した場合 ・共済契約者の方が亡くなった場合 ・老齢給付(65歳以上で180ヶ月以上掛金を払込んだ方) |
準共済金 | ・法人の解散、病気・怪我以外の理由で役員を退任した場合 ・65歳未満で役員を退任した場合 |
解約手当金 | ・任意解約 ・機構解約(掛金を12ヶ月以上滞納した場合) |
(参照:中小機構HP)
共同経営者の場合
共済金などの種類 | 請求事由 |
---|---|
共済金A | ・個人事業主の廃業により共同経営者を退任した場合(複数事業を営んでいる場合はすべて廃止) ・病気や怪我のため共同経営者を退任した場合 ・共済契約者の方が亡くなった場合 |
共済金B | ・老齢給付(65歳以上で180ヶ月以上掛金を払込んだ方) |
準共済金 | ・個人事業を法人成りした結果、加入資格が無くなったために解約する場合 |
解約手当金 | ・任意解約 ・機構解約(掛金を12ヶ月以上滞納した場合) ・共同経営者の任意退任による解約 ・個人事業を法人成りした結果、加入資格は無くならなかったが解約する場合 |
(参照:中小機構HP)
受取のタイミング
- 共済金A・共済金B:掛金納付月数が6ヶ月以上ある場合に請求可能
- 準共済金・解約手当金:掛金納付月数が12ヶ月以上ある場合に請求可能
したがって、廃業や退任があっても支払った掛金の月数が極端に少ない場合は、解約手当金すら受け取れない(掛捨て)リスクがあるので注意が必要です。
受取方法と条件
受取方法は以下の3通りです。
- 一括受取り
- 分割受取り
- 一括受取りと分割受取りの併用
ただし、分割もしくは併用を希望する場合は、
- 請求事由が死亡ではない
- 請求事由が発生した日に60歳以上
- 受取る共済金が「共済金Aまたは共済金B」である
- 分割受取りなら300万円以上、併用なら330万円以上(分割300万円+一括30万円以上)
といった条件を満たす必要があります。
共済金の額
実際に受け取れる共済金の額は、「基本共済金」と「付加共済金」の合算額です。
- 基本共済金:掛金月額や掛金納付月数、共済事由に応じて法律で定められた金額
- 付加共済金:中小機構が掛金の運用を行った収益に応じて、毎年度決定される率で算定される金額
中小機構の公式サイト上に「加入シミュレーション」が用意されており、想定される掛金額・納付期間・課税所得などを入力すると、受取見込額や節税効果の目安を試算することができます。実際の数値とは多少誤差が出る場合もありますが、事前におおまかなシミュレーションをしておくと、将来の資金計画を立てやすくなるでしょう。
加入のメリット
小規模企業共済に加入すると、以下の3つを中心にメリットがあります。
- 節税効果がある
- 退職金代わりになる
- 貸付制度が利用できる
節税効果がある
掛金の全額が所得控除の対象
支払った掛金は小規模企業共済等掛金控除として、全額を所得から控除できます。上限がある生命保険料控除と異なり、掛金を経営状況に合わせて調整すれば、そのまま控除額も増減できるのが大きな特徴です。
共済金受取時も節税できる
共済金を受け取るときには課税対象となりますが、以下のように課税上の優遇があるため、結果的に節税につながりやすくなっています。
- 一括受取りの場合:退職所得扱い
- 分割受取りの場合:公的年金等の雑所得扱い
- 併用受取りの場合:一括分は退職所得、分割分は公的年金等の雑所得
もし遺族が受け取る場合は「相続税法上のみなし相続財産」、任意解約など一定の事由で受け取る場合は「一時所得扱い」となるなど、それぞれの状況に応じて課税方法が異なります。このように支払時と受取時の両面で節税効果がある点は、他の積立制度にはなかなか見られない大きな利点と言えるでしょう。
退職金代わりになる
共済金は、20年以上加入していれば掛金の100%以上を受給できる可能性が高く、実質的に退職金として活用することができます。個人事業主の場合は事業を廃止したタイミング、法人役員の場合は退任したタイミングで共済金を一括受取りにすれば、退職所得控除を適用できるため、まとまった手残りを確保しやすいというわけです。
貸付制度が利用できる
小規模企業共済は、掛金を担保に資金を借り入れることが可能です。経営者としては、金融機関の融資と違って無担保・無保証人で借入れできる仕組みがあるのは心強いところでしょう。貸付制度には以下の7種類があります。
- 一般貸付制度
- 緊急経営安定貸付け
- 傷病災害時貸付け
- 福祉対応貸付け
- 創業転業時・新規事業展開等貸付け
- 事業承継貸付け
- 廃業準備貸付け
制度ごとに貸付限度額や利用条件が若干異なり、多くの場合は掛金の範囲内で借りられる仕組みになっています。たとえば急激な売上減に見舞われたときや、病気や災害に遭ったとき、あるいは事業承継や新事業の展開時など、経営環境の変化に対応しやすくなる点もメリットです。
加入のデメリット
一方で、小規模企業共済には以下のようなデメリットもあります。加入前に押さえておかないと、後から「こんなはずじゃなかった…」という事態になりかねません。
- 掛け捨て・元本割れのリスクがある
- 経営者個人の口座から引き落とされる
- 事業規模が大きくなってからでは加入できない
掛け捨て・元本割れのリスクがある
掛金納付月数が極端に短いまま廃業や退任をしてしまうと、掛け捨てになる場合があります。たとえば、共済金A・Bは6ヶ月未満、準共済金・解約手当金は12ヶ月未満では給付金を一切受け取れません。また、20年未満で任意解約すると掛金総額を下回る解約手当金しか戻ってこず、元本割れのリスクもあるので注意が必要です。
経営者個人の口座から引き落とされる
あくまでも「個人」としての積立なので、掛金は経営者自身の個人口座から支払う形になります。保険料のように法人の経費として処理することはできません。法人役員として加入する場合も同様の仕組みなので、この点を事前に理解しておく必要があります。
事業規模が大きくなってからでは加入できない
小規模企業共済は、「小規模」な事業者を対象とした制度です。常時使用する従業員数が増えて、所定の人数を超えてしまうと、原則として新規加入ができなくなります。ただし、すでに要件を満たしている段階で加入していれば、後から従業員が増えてもそのまま掛金を払い続けることができます。成長を目指す事業者でも、起業したばかりの段階やまだ従業員が少ないうちに加入しておくのが理想的でしょう。
加入手続き
最後に、小規模企業共済の加入手続きの流れを簡単にまとめます。基本的な手続きのステップは下記の3つです。
- 必要書類の準備
- 窓口へ提出
- 書類を受け取る
①:必要書類の準備
まずは、共通書類である契約申込書と預金口座振替申出書を用意します。これらは金融機関や委託団体で入手できます。あわせて、加入者の立場に応じて以下の書類が必要です。
- 個人事業主:確定申告書の控え、または開業届の控え
- 法人役員:役員登記が確認できる書類(履歴事項全部証明書)
- 共同経営者:個人事業主と締結した共同経営契約書の写しや、報酬支払事実が分かる書類など
②:窓口へ提出
必要書類が揃ったら、中小機構から委託を受けている団体や金融機関の窓口に提出します。初回の掛金も合わせて支払う形になるため、払込区分(1ヶ月分・半年分・1年分)に応じて現金を用意しておきましょう。
手続き可能な例
- 商工会などの団体
- 取り扱いを行う一部の金融機関(都市銀行や信託銀行など)
手続き不可の例
- 取り扱いのない一部金融機関(インターネット専業銀行や特定の外資系銀行など)
郵送による手続きは受け付けられていないので、必ず窓口に出向く必要があります。
③:書類を受け取る
加入申込みが認められた場合は、申込日から約40日後に**「小規模企業共済手帳」と「小規模企業共済制度加入者のしおり及び約款」**が郵送されます。もし加入が不可となった場合は、約2ヶ月後に「加入不可の通知書」が届き、すでに支払った掛金(初回分)は指定口座へ返金されます。
まとめ
小規模企業共済は、小規模事業者や個人事業主が安心して事業を運営し、将来的な廃業や退職に備えるための制度です。掛金全額が所得控除になるという節税面の大きなメリットがある一方で、短期間で任意解約してしまうと元本割れになるリスクもあります。また、一定数以上の従業員を抱えるようになると新規加入ができなくなるため、早めの段階で検討することがおすすめです。
節税効果や退職金、貸付制度など多面的なメリットがある分、仕組みが複雑に思われるかもしれません。しかし、基本的には国の機関が運営する安定性のある制度なので、じっくり理解して計画的に掛金を積み立てていけば、将来に向けて大きな安心材料となるはずです。ぜひ、メリット・デメリットを見比べながら、今後の経営設計に組み込んでみてはいかがでしょうか。
(出典:中小機構HP)